シャンクスとバギーは、かつて同じロジャー海賊団で見習いをしていたとされています。
同じ船に乗り、同じ景色を見ていたはずの二人です。
それなのに、片や四皇と呼ばれる存在になり、片や道化のように扱われることさえある立場になりました。
この差がどこで生まれたのか、見習い時代まで遡って考えてみます。
結論から言うと、二人が見習い時代に持ち帰ったものは対照的だったと考えられます。シャンクスが受け取ったのは「意志」、バギーが目を向けたのは「宝」。この対比を軸に、二人の分かれ道を追っていきます。
シャンクスとバギーがロジャー海賊団の見習いだったというのは本当?
二人がロジャー海賊団の見習いだったという話は、作中でも語られている情報です。
ただし「見習い」という立場は、正規のクルーとは少し違います。
一人前の海賊として認められていない、いわば修行中の身分。船の雑用をこなしながら、先輩たちの背中を見て育つ立場です。
だとすれば、ロジャーがラフテルで何を見たのか、船の中枢でどんな話が交わされていたのか、その全てに見習いが触れられたとは考えにくいところがあります。
見えていた景色は同じでも、聞こえていた話や任されていた仕事には差があったはずです。この小さな差こそ、後の二人を分けたヒントかもしれません。
二人が見習い時代に見ていた「ロジャーの背中」は同じだったのか
ロジャーはラフテルで、世界の重大な真実を目にしたと言われています。その笑いの意味については、ロジャーの笑いは喜びだけじゃない、ラフテルで見た世界の真実でも詳しく考えています。
見習いだったシャンクスとバギーが、その真実にどこまで近づけたかは分かっていません。
ただ、同じ甲板に立っていても、二人が受け取っていたものには違いがあったと読むのが自然です。
シャンクスが見ていたのは、ロジャーやクルーたちが背負っていた「意志」そのものだったのかもしれません。仲間との絆、船の空気、名乗りを上げる覚悟。目に見えないものへの感度が、シャンクスには元々あったと考えられます。
一方のバギーは、船に積まれた財宝や悪魔の実といった「目に見える価値」の方に強く引かれていたのではないでしょうか。
同じ船の上でも、見ていた先が違う。ここが、後の大きな差につながった出発点です。
ゴムゴムの実争奪事件でわかる、二人の”学び”の分かれ道
のちにゴムゴムの実は、政府の護送から赤髪海賊団が奪ったものだと言及されています。
そしてシャンクスは、この実をルフィに託しました。
なぜ独り占めしなかったのか。見習い時代に「価値あるものは独占せず、次へ流す」という姿勢を学んでいたとすれば、この判断にも納得がいきます。
仲間から受け取ったものを、また次の誰かへ渡す。ロジャー海賊団で培われた流儀だったのかもしれません。
対照的に、バギーは悪魔の実や財宝への執着を隠さないキャラクターとして描かれ続けています。彼にとって価値あるものは、手放すものではなく集めるものなのでしょう。
このゴムゴムの実そのものの特別さについては、ニカ正体考察 世界政府がゴムゴムと偽った理由でも触れています。同じ海賊団で育っても、金銭欲を選ぶか意志の継承を選ぶかで道は分かれる。あくまでも推測ですが、二人の分岐点はここにあったように思えます。
シャンクスが五老星と対等に渡り合える理由は見習い時代にある?
シャンクスが五老星と直接顔を合わせる場面があったとされていますが、話の内容ははっきりとは分かっていません。
それでも、その距離の近さは印象的です。
ロジャー海賊団は、単なる荒くれ者の集まりではなかったはずです。世界政府すら警戒するほどの船だったからこそ、政府側と何らかの接点があったとしても不思議ではありません。
もしそうだとすれば、シャンクスは見習い時代から「橋渡し役」として周囲に認識されていたのかもしれません。誰に対しても物怖じしない態度、要所を見極める視野の広さ。一朝一夕には身につかない資質です。
対して、バギーには政府中枢とのつながりを感じさせる描写がほとんどありません。
見習い時代に任されていた役割の違いが、その後の政府との距離感を決めていた。そう考えると、シャンクスの真の目的:五老星との関係を考察で扱っている謎にも、見習い時代からの伏線という新しい角度が見えてきます。五老星は本当に人間なのか?玉座に座らぬ正体を能力から考察にあるような五老星側の特殊さを踏まえると、なおさらシャンクスの立ち位置は特別に映ります。
バギーが上り詰めた地位の裏に、見習い時代の「劣等感」はあるのか
バギーの話をするとき、シャンクスとの比較は避けて通れません。
これは読者だけでなく、当のバギー自身がずっと感じてきたことなのかもしれません。
見習い時代から「シャンクスと同期のバギー」という扱いを受けていたとすれば、常に比べられる側に置かれていたことになります。実力でも存在感でも、シャンクスの影を意識せざるを得ない立場です。
その反動が、のちの派手な立ち回りや強い承認欲求につながっていると読むこともできます。四皇と肩を並べたい、認められたい。バギーの言動の端々に、その渇望が見え隠れします。
見習い時代の劣等感が、皮肉にも彼を七武海、そして四皇の座にまで押し上げる原動力になった。そう考えると、バギーというキャラクターの見え方が少し変わってきます。
ロジャー海賊団での経験は「Dの意志」を受け継ぐことと関係あるのか
ここから先は、原作にまだ明確な描写がない部分についての考察です。
シャンクスがルフィに麦わら帽子を託した行動は、単なる思い出の品の受け渡しには見えません。
見習い時代からロジャーの意志を間近で受け取り続けていたからこそ、シャンクスは「意志を運ぶ側」に回れたと考えられます。血統か意志かという問いについては、D一族の謎 血統か託される意志かでも掘り下げています。
一方でバギーは、意志を受け継ぐ側にも運ぶ側にも回っていないように見えます。彼が求めているのは、あくまで自分自身の地位や財宝です。
この差は、見習い時代にどんな役割を与えられていたかの延長線上にあるのかもしれません。ジョイボーイは『称号』か『人物』か 空白の100年とニカで触れている「役割としての名前」という考え方に近いものが、シャンクスとバギーの間にもあるように思えてなりません。
まとめ
二人が同じロジャー海賊団で見習い時代を過ごしていたという点は、作中でも触れられています。
そこから先、何を学び、何を選んだのかは原作でも明かされていません。行動の違いから逆算して見えてくる、一つの読み方です。
意志を継いだシャンクス、宝を求め続けたバギー。
同じ船を出発点にしながら、たどり着いた場所はこれほどまでに違う。この対比こそ、ロジャー海賊団という存在の奥深さを物語っています。
二人のその後の物語は、最新話でも動き続けています。ワンピース1187話、称号を拒み名前で誓う、ルフィの真意とはでは、意志の継承というテーマがさらに深まっていく様子を追っています。

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